| 番号 | タイトル | 著者 | 掲載誌 | 日記 |
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| No.23 | 『セフィロト』4巻 | 篠原烏童 | 朝日ソノラマ | 1996.09.13 |
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個人的には前史『不法救世主(イリーガル・メサイア)』のほうが好きだったりします。紫野は童女に弱いの。けなげな童女なんて最高。(<危ないヤツ) ついに最終巻ですね。連載時にはまったく追いかけていなかったので、待ち通しかったです。ラストは、やっぱり烏童節だなぁ、という感じだけれど、これが好きなんです。あとがきで著者自身が描いていますが、「ラスト大甘」ってのは事実。でも、それでいいんじゃないでしょうか。見開きで、鈴音が「伝えに行く」シーンには、じぃぃんとしてしまいました。 紫野は「まだ間に合う」と思ってます(でなくちゃ、怖くて子育てなんてできんって。)自分自身が「間に合わせる」ために何をしなくちゃいけないか?って、とてもとても難しいですね。ん〜、個人としての、ただひとりの紫野には何ができるのかしら。(<そう思ってるわりには我が家の電力消費量はとても多い・・・とほほ)。 「わたしはわたし。あなたはあなた。」そして「あなたはわたし。わたしはあなた。」 両方が真実で、両方が譲れない。その狭間で、わたしに出来ること、あなたにできること、そして、わたしたちに出来ることを考えてみませんか? ほんの少し立ち止まり、話し合ってみませんか? 行き交う人を、無表情に行き過ぎる「誰か」から、名前をもった「あなた」に変えていきたい。 だから、立ち止まってください。ほんの少しでいいから話しかけてください。にっこり笑って手を差し出してください。ともに「間に合わせる」ために。ひとりひとりが一本の麦。「明日刈られるからって生きることをやめる麦はない。」のです。
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