| 番号 | タイトル | 著者 | 掲載誌 | 日記 |
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| No.36 | 『バラ家の人々』 | 入江紀子 | 「Silky」11月号 | 1996.10.04 |
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紫野自身「どうするか?」ってまず考えられて「まぁ…」で生まれてきた子供なので「もうけたっ!」って気持ちはよく分かる(苦笑)。 ほんと、産むことを選んでくれてありがとうっ!ってな世界だよね。しかも、実際に自分が子供を育ててみたら、子供って、やらく手間暇かかるシロモンだし、言葉は通じねぇし、自己中心的だし、金もかかるし、感謝はせんし(<これは親から見るとそう見えるってハナシ)……なのに、よく見捨てたり殺したりしないで育ててくれた……って思う。紫野が紫野のハハであったら、とうの昔に見捨ててるわっ! 紫野って自分で思い出してみてもかわいげのないガキだったもん。 だから、せっかく拾った命なので、なんとか無駄にせずまっとうしたいもんだとは思ってます。けっこう殊勝よね(<をいをい)だからといって、実両親の老後の面倒はみますっ!って言い切れない状況もあるんだけどねぇ(うちの両親は老後は子供らの世話にはならないっ!って言いますけどね。) うちのハハもわりとミもフタもないほうなので、けっこう人生の初期から上記の事実は知っており、でも、知ったからといって別に傷つかなかったよね。そりゃぁ、事実は事実で変えようはないんだし。ま、さすがに紫野の本名は「うっかり」の「うかり」じゃないけども。知った時期が幼すぎてよく事情が飲み込めてなかった、ってのもあるのかなぁ。ほんとは紫野にはもうひとりの弟か、妹がいたかもしれない、って事実を知ったのはもっと後になってから(たぶん思春期の後半だったはず)なので、この時はオンナの身での共感のほうが強かったんだよね。このときは祖母まで流産やら死産やらその他もろもろの赤裸々なハナシをし始めて、ようやっとオンナの自覚が出てきたばかりの紫野はクラクラしっぱなしだったのだった。そういや、うちの女系って祖母といい、ハハといい、オバといい、こんなんばっかしよね。っつうことは、お春もそうなるのかしらん? バラ家の人々(笑)は、どうも、雰囲気が紫野の育った家庭に似ていて、そうかぁ、よくある家庭だったのだなぁとも思う。わりとみんなミもフタもないやつばかりだしね。いろんな家族の形があるけれど、結果として、紫野は紫野の家族でよかったと思う。おぢさんにもお春にも、これからつくっていくわたしたちの家族をそう思えるように、みんなで力をあわせて行こうねっ!
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