| 番号 | タイトル | 著者 | 掲載誌 | 日記 |
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| No.40 | 『恋愛的瞬間』 | 吉野朔実 | 月刊「ぶーけ」11月号 | 1996.10.16 |
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んと、今回のヒロインは、かしこさん。 「ひとりでいると何やら考えてしまって自分がよく分からなくなる」という感じは馴染み深いかもしれない。ひとりでゆっくりと自分の手とか腕とか周りの風景とかを眺めるともなく眺めていると、どんどん自他の区別がなくなっていく感じがして、それはそれで快感なんだけど、やっぱり、危ないような気もするしねぇ。まぁ、紫野は格別「一対一で向き合う対象」を必要とはしてなかったんだけども、とりあえずなんかいないとまずいかなぁ、って気分は共有できるかもしれない。うん、向き合って話しかけてくれる存在とか居てくれるとありがたい時ってあるし。(<ひでぇな。) でも、それじゃぁ「恋愛」は出来んのよね。「恋愛」ってのはエゴとエゴがぶつかり合うところがやっかいだけど、どんな二人でも、そのうち互いのエゴがぶつかっていくのが宿命みたいなもんだからね。また、そういう衝突がないと物足りなくなるのも、どういうわけか、恋愛のホントなわけで。(結婚的生活、ということになれば、これはもう、エゴとエゴのせめぎ合い以外の何ものでもないわけで……あたしだけか?苦笑。) 「怒れない」っていうのも、馴染み深い感覚かなぁ、と思う。怒りがぶわぁっと盛り上がってくると、さっさっと水を掛けてしまう自分がいる。また、そもそも、そういう「怒り」が盛り上がってくることが非常に少ないというか、「感情の沸点が高すぎる」のとちゃうか?って思うことが度々あったりなぞする人なのよね。感情が豊かで素直に出せる人に対する羨望みたいなもんはちゃんとあるんだけど(だから、わりと湿度の高いネチネチした感情なんかはちゃんとあるわけなのよ)、だからといって、派手な感情が、表現できないだけじゃなくって「出てこない」ってのは、やっぱ、一応、心配するわよねぇ(旭;) こういうのがストレス溜めても溜めてることに自分で気づかなくて自爆するんだよな(<まるで他人事だな)。 んで、高校一年ってことはたぶんまだようやっとハイティーンって年齢だよねぇ。それで、あの洞察力ってのはすごいぞ。わたしが高校生の頃は、みんな、自分で自分が分かってなくて無茶苦茶混乱していて、他人さまのことなんぞに思い致せる余裕のあるヤツはおらんかったぞ。うむむむ。絶対にいない、とは言い切らないが、いたとしたら紫野は驚く。でも、いいなぁ、そういう若くて顔がよくて性格が練れてるオトコ。欲しいよぉ。(しっかし、まだハイティーンだから、きっと、もっとでかくなるぞ。部屋で邪魔になるオトコでいいのか? >かしこさん。邪魔になったら紫野が引き取るからよろしく <を〜い。)
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